環境対策の上で、「森」を考えるというのは
自分の寿命を超えた、考えを持つということだ。
それなりの、想像力や責任感が必要である。
自分が携われる範囲を超えた、モノやコトについて
考える機会というのは、あまり多くない。
考えるのは、長くても、1年先や2年先のことばかり。
日頃は、今週とか来週くらいのことばかりを考えている。
時間的なスケールだけに限らずとも、それは同じで。
いかに自分は小さなスケールで生きているだろうとよく思う。
切実に迫る環境問題に対する、1つの提案や行動としての
「more trees」には、心から賛同しており
これからも様々な形で、共に歩んでいきたいと考えているが
誤解を恐れずに言うと、純粋に
「自分の寿命を超えた取り組みをしていく」ことに
「大きな価値があるなあ」と感じている。
「なんて、意義のあることだろう」、と。
それは、「自分のスケール」が拡大する、ということだからだ。
僕は宇宙が好きで、遠い彼方を想像することも多いが
しかし、どこかの小惑星や、遙か離れた銀河について考えたところで
それは、思いを巡らせているだけにすぎず
そこに向かって、なにかをしようというわけではない。
「森」を考えるというのは
いまのところ、僕にとって最大のスケールの取り組みだ。
今日、生きている、喜びと感謝を
百年先、さらに未来への責任として返していこうと思っている。
飯野様
自分の持ち合わせているスケールがいかばかりのものか。・・・そんなことを考えます。
少なくともわかっていることは、その種類は少なくて、一般的な企画に則った尺度ばかりであろうということです。
しかし、あなたの意見を読んでいるとスケールの幅は調節が可能なのだということに気づきます。拡大も縮小もできるのだと。
私は、「自分の寿命を超えるスケールの時の長さ」というものが正直言えば、まだピンときません。しかし、そういった"捉え方”もあるのだと気付いたことは確かです。
more treesを通して知ることや語ることが、私にとって今のところとても大切な気がしています。こういう意識を継続することで、自分のスケールの目盛りが少しでも増えるといいと思っています。