「小さきものの力」隈研吾 基調講演【トリエンナーレ2026 in 田辺市「小さきものは何を変えるのか ~森と建築の新しい未来~」】レポ①

2026年1月25日、和歌山県田辺市で「more trees トリエンナーレ2026」を開催しました。
テーマは「小さきものは何を変えるのか ~森と建築の新しい未来~」。建築家でmore trees 代表の隈研吾が代表に就任後はじめての公開シンポジウムに、全国各地から森づくりや林業、建築に関心を持つ人々が集まりました。
故・坂本龍一が2007年に設立したmore treesは、「都市と森をつなぐ」をキーワードに国内外で森林保全活動を続けてきました。2023年に坂本が逝去した後、その志を継いだのが、長年の友人でもあった隈です。
この記事では、more treesの活動紹介、隈研吾の基調講演、田辺市で林業ベンチャーを率いる中川雅也さんの講演、そして真砂充敏市長を交えたパネルディスカッションの内容を3回に分けてお届けします。
レポ①「小さきものの力」隈研吾 基調講演 ←本記事
レポ②「トトロに学ぶ林業経営」中川雅也さん講演
レポ③「インクルーシブな未来へ」パネルディスカッション
1. 都市と森をつなぐ ―more treesの18年―
坂本龍一が遺した種
シンポジウムの冒頭、more trees事務局長の水谷伸吉が団体の活動を紹介しました。
「音楽家である傍ら、様々な社会活動に取り組んでいた坂本龍一さんが、森づくりの団体を立ち上げてから約20年が経とうとしています」
水谷自身も設立当時から坂本とともに森づくりを進めてきた一人です。坂本が闘病生活の末に他界し、その後を継ぐ形で隈研吾が代表理事に就任しました。


more treesが目指すのは、「都市と森をつなぐ」こと。都市に住む人々にとって、地方の森づくりは物理的にも心理的にも遠い存在になりがちです。その距離を縮め、森を身近な存在にしていくことが活動の核心にあります。
現在、more treesは国内外27カ所で森づくりを展開。植林・育林活動、木材利用を促進するものづくり、森林由来のカーボン・オフセット、イベントやワークショップという4つの柱で活動を続けています。
「多様性のある森」を目指して
日本の国土の約7割は森林であり、そのうち約4割がスギ・ヒノキの人工林です。
「決してスギ・ヒノキの林業を否定するわけではありませんが、もう少し各地域に合った多種多様な木があってもいいのではないか。伐採面積に対して約6割が再造林されていないと言われています。そういった場所に、地域の気候風土に適した広葉樹を植えていこうというのが、私たちが力を入れているポイントの一つです」
田辺市との協定は2022年10月に締結されました。この地域では、「ウバメガシ」を中心とした森づくりを進めています。ウバメガシは和歌山県の県木であり、田辺市の市木。そして何より、紀州備長炭の原木として地域の文化と産業を支えてきた木です。
シンポジウム当日の午前中、隈は田辺市内の植林地を訪れ、雪が舞うなか自らウバメガシの苗木を植えました。坂本が生前、北海道美幌町に植えた白樺の木が大きく育ったように、この日植えられた一本もまた、新たな物語の始まりとなります。

2. 隈研吾 基調講演「小さきものの力」
梼原町との運命的な出会い
隈の講演は、意外な告白から始まりました。
「私の事務所は今は世界中で仕事をしていますが、実はバブルが弾けた時に、東京の仕事が全部キャンセルされたんです。まったくどうしようかと思いながら最初に行ったのが梼原(ゆすはら)でした」
きっかけは、高知の建築家の友人からの一本の電話。
「梼原座という木造の劇場が壊されそうだ。反対運動をしているから、東京の建築家として『すごい建築だ』と言ってくれないか」
仕事がキャンセルされて時間を持て余していた隈は、「高知のチベット」と呼ばれる山深い町へと向かいました。そこで梼原座を訪れ衝撃を受けます。座布団を敷いて座る桟敷席、そして何より、小径木(しょうけいぼく)を組み合わせた構造の美しさに魅了されました。
「今は集成材やCLTで大きなものができるようになりましたが、もともと日本は小径木をうまく組み合わせていました。梼原座は大スパンの空間なのに、柱は全部小径木、普通の住宅にあるような細い柱でできている。そのヒューマンスケールが日本の木造の良さだと世界では言われています」
「地震国でも小径木で持つ。今日のタイトルにあるように、この地震国で小さいもので人間が生活してきた。小さいものが日本に合っているんです」
当時の梼原町長と意気投合した隈は、その後、梼原町で6件の建築を手がけることになります。木造の梼原町総合庁舎、屋根付きの木橋ミュージアム、茅葺きのホテル、そして雲の上の図書館。この図書館では、来館者が靴を脱いで過ごすスタイルを採用しました。
「裸足で行くと、木の質感を感じられる。子どもはハイハイして、お母さんと同じ目線で遊べる。木漏れ日が入ってくる森のような空間で、子どもたちもお年寄りも、一日中図書館にいるらしいんです」
ブラジルでの再会 ―坂本龍一との絆―
2017年、隈は思いがけない形で坂本龍一と再会します。
ブラジル・サンパウロに「ジャパン・ハウス」が開館することになり、隈がそのデザイン監修を担当。ヒノキや和紙といった天然素材を使い、日本文化とブラジル様式の建物が融合した建物は話題を呼びます。オープニングイベントに坂本が招かれました。
「その時にmore treesの話を初めて聞いたんです。『隈もお前、梼原でいろんな建物やってるじゃん』って言われて。教授とは学生時代から知り合いで友達だったので、教授が日本の木に関心を持ってくれたのがすごく嬉しかった。しかも同じ梼原に目をつけていたのも本当に偶然で驚きました。なんだか呼ばれたとしか思えないなという感じで」
ジャパンハウスでの坂本のピアノ演奏は、隈にとって忘れられない光景となりました。
「芝生の上に、グランドピアノが1台だけある。ピアノ1台で、ブラジル人がシーンと静まり返り、その音色に引き込まれている光景を初めて見ました。音楽の力ってすごいなと改めて思いました」
世界に広がる「小さきもの」の建築
講演の中で隈は世界各地のプロジェクトを紹介しながら、「小さきもの」の可能性を語りました。
スターバックス太宰府天満宮表参道店では、「千鳥」という日本の伝統的な木組みの技法を構造として使用。釘も糊も使わず、小さな部材を組み合わせて作り上げました。完成まで2年を要しましたが、完成後は「世界で最もインスタ映えするスターバックス」として話題になるほど。
デンマーク・オーデンセのハンス・クリスチャン・アンデルセン美術館は、周囲の景観に溶け込む設計を追求しました。
「溶け込みすぎて、みんな建物じゃなくて公園だと思っている(笑)そのくらいの感じが、今求められているものなんだなと思います」
パリのサンドニ・プレイエル駅は、2024年に完成した木造の大規模交通施設。パリオリンピック直前にはマクロン大統領も視察に訪れました。
「木の利用はヨーロッパのほうが日本より進んでいます。昔は日本が木造建築で世界一だったのに、今はヨーロッパが国を挙げて木を推進している。行くたびに、日本の大工さんが一番だなと思う一方で、日本ももっと国を挙げて木を推進してほしいと感じます」
「大きなもの」から「小さきもの」の時代へ
講演の終盤、隈は「大きなもの」の時代から「小さきもの」の時代への転換を語りました。
「これからは大きい建築じゃなくて、小さい建築の時代になる。20世紀は大きい建築の時代でした。鉄骨構造とエレベーターの発明で超高層ビルが可能になり、大きいものに意味があるとされた。でも、それで人間がダメになった部分は大きい」
タワーマンションを例に挙げながら、大きなものがもたらす「排除」の構造を指摘します。
「タワーマンションはセキュリティが厳しくて、敷地の中に絶対入れない。大きいものは基本的にエクスクルーシブ(排除的)になりやすい。昔の街は基本的には公共的な場所でみんなが行ける場所だった。小さなものの集合体でできているから、インクルーシブ(包摂的)にできている」
さらに日本の伝統的な木造建築の「インクルーシブ」な特性を強調しました。
「日本の建築はいろんな意味でインクルーシブにできていて、将来変わっていけるというのも重要な要素です。私が子どもの頃に住んでいた戦前の木造家屋は、大工さんに頼んで柱の位置を変えることができました。それができるのは世界で日本の木造だけ。」
20世紀が追い求めた「大きく、強固で、排他的な」建築から、日本の伝統文化が教えてくれる「小さく、しなやかで、包摂的な」建築へ。隈が語る建築の変化は、単なる建築論に留まらず、私たちがこれから森や地域とどう向き合うべきかという問いを投げかけています。
つづく