ストーリー

【森づくりパートナーの声 ♯06】合同会社MANABIYA 代表社員  國岡将平さん 

more treesの森づくりは、立場の異なるたくさんの人々の手で成り立っています。木を植え育てる人、木を活かしてものづくりをする人、地域に暮らす人、都市から森を支える人。みなさんとの協働があってこそ、“都市と森をつなぐ”森づくりは続いていきます。連載「森づくりパートナーの声」では、more trees と活動をご一緒いただいているパートナーの方々に、森づくりへの思いや今後の期待や挑戦についてお話を伺います。

  

──普段のお仕事について教えてください。 

鳥取県智頭町の町有林約57ヘクタールの管理を任せていただいています。木材生産や企業の 森づくりに加え、研修事業も大きな柱。智頭町でも林業従事者がかなり減っているので若手林業家の育成を行っています。宮崎県の椎葉村からインターンを4ヶ月間受け入れ、技術指導をして送り出す事業も始めました。さらに山主さんの世代交代が進んで所有者不明の山が増えており、相談所を開設して相続や管理のサポートをしています。先日の勉強会は60代以上が7割でしたが、20~30代の若い林業家も学びに来てくれました。 

  

──昔から林業家を目指していたのですか。 

まったく違う世界にいました。智頭町生まれですが、父の影響で将来経営者になりたいと思って大学で経営学を学びました。いずれ地元に戻るつもりで東京でITの仕事を3年間。智頭に帰ってまちづくり活動に関わったものの難しさを痛感しました。成功しているように見えてもメディアが取り上げているだけだったりして。地域のおじいさんやおばあさんの表情が豊かになっているかというとそこまでのインパクトはなくて、むしろ地域に一軒しかない靴屋さんが潰れる方がインパクトがある。このキャップをどうにかするには地域の産業が元気になることが一番で、真っ先に浮かんだのが林業でした。町の93%が山なので。 

  

──地元で林業を学び始めたのですか。 

智頭町百人委員会という町づくりの団体があるんですが、そこの林業部会の部会長が智頭町芦津財産区の綾木章太郎さんでした。芦津財産区は60代ばかりで山の施業をしていたので「若い子が来てくれるのは嬉しい」「1日でも半日でもいい」と章太郎さんが言ってくれて。それが山のスタートでした。 

  

──初日はどんな作業をされたんですか。 

木はこうやって伐るんだと教えられ、30分後ぐらいには60年生くらいの木を伐っていましたね(笑) 

  

――はじめて伐ったときの感触は? 

思う方向に倒れてほっとしました。それから現場で作業を繰り返すうちに徐々に慣れていきました。同時に、もっとちゃんと学ばないといけないと思うようにもなったんです。自分自身、山で怪我をしたこともあって学びは大事だと。そこで地域の若い林業家とチームを組んで2015年に林業を学ぶ団体を立ち上げました。それが合同会社MANABIYAの前身です。 

  

――当初は何人くらいだったのですか。 

いま会員は50人近くいますが、最初は3人ぐらいでしたね。そこからいろいろな人と山を通じて出会い、美味しいお酒を飲んでるうちに、少しずつ視野と事業が広がったという感じがしています。 

  

──その後、more treesとの協働がはじまり、なにか変化を感じたことはありますか。 

管理を任されている57ヘクタールのうち27ヘクタールが人工林なんですが、山が急峻で林道をつくることが難しい場合も多々あります。そういう土地は、木材を生産・販売することを目的として育てる経済林として管理するのは難しくなります。それなら経済林ではなく環境にいい森づくりがしたいと思っても、行政からの補助金は基本的には経済林が対象なので資金が足りず、政策の枠内での林業しかできないという側面があります。でもmore treesさんの企業の森づくりのプログラムを通じて、同じ方向を向いてくださる企業さんがいれば、資金提供を受けながら思い描く森づくりを進められるようになりました。智頭町では今キールズさんとキャロウェイさんが森づくりをしています。  

――「企業の森」プログラムでは企業の社員を地域へお連れするツアーを行っていて、國岡さんには山での植樹体験や地域の方々との交流などをコーディネートしていただいています。都市から人を招く際に心がけていることはありますか。 

ここでしか感じられない静けさや時間の流れ、水の音などをできるだけゆっくり味わってもらいたい、というのはありますね。それから智頭町が「もうひとつの居場所」になってくれたらいいなとも思います。 

  

──2025年のハイライトを教えてください。 

地域で種を採って苗木を育てる「地域性苗木づくり」のプロジェクトを2025年末にスタートしました。智頭農林高校に苗畑を設けて、秋冬に拾った種を育てはじめています。さらに鳥取大学や附属小・中学校と連携していこうという動きもあります。  

──今後どんなことにチャレンジしたいですか。 

智頭町は鳥取県の東部を流れる千代川という一級河川の源流の町なんですが、森づくりをしていく上で「流域」でつながっていくことが重要だと感じます。智頭町に限らず、千代川流域での森づくりにもっとフォーカスしながら、子どもや学生や障害を抱えている方など、巻き込みを大きくしていきたい。現在MANABIYAには20代や30代しかいないので、正直、自分たちが50代、60代になったときに山に入り続けられるのかという不安もあります。だからこそ、年を取っても障害があっても関われる仕事を今から作っておくことが大事。苗木づくりはまさにそういう仕事になり得るユニバーサルな取り組みだと思っています。 

  

――流域感覚は、特に都市の人々にはまだまだ馴染みがないかもしれません。 

ある地域に人が住めるのは、その地域に水があるからですよね。水がなければ人は住めない。誰もが水を必要としているのに、誰も水を作り出すことはできません。水をつくることに一番近い仕事が林業だと思います。どういう木を育てどういう森づくりをするかが、どういう水を作るかに一番大きく影響している。いい山があるということは、自分たちが使う水の安心にもつながるはずなので、いい水を循環させるためにいい山をつくり続けたいです。そしてこれからもみなさんと美味しいお酒が飲めれば嬉しいですね。 

インタビュー:2026年3月

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