ストーリー

more trees、能登森林組合と森づくり協働宣言──能登ヒバの力で、森から復興を

2月17日、東京ビッグサイトで開催された「HCJ ホテル・レストランショー」のホスピタリティデザインセミナーに、more trees 代表理事・隈研吾が登壇しました。テーマは「アテ林業・能登ヒバで開く能登の創造的復興 ── 森と街をつなぐ新しい復興の形」。能登森林組合組合長 亀井順一郎さん、石川県木材産業振興協会理事 古谷隆明さんとともに、能登ヒバの可能性と復興への道筋を語りました。セミナーの最後には、亀井組合長と隈による「能登・ふるさと共創の森づくり協働宣言」が行われ、more treesと能登森林組合による新たな協働のスタートとなりました。

 

1. 坂本龍一が遺した森へのおもい ―more treesと梼原、そして「つみき」

「皆さん、more treesって知ってますか?」隈の講演は、会場への問いかけから始まりました。more treesは、音楽家・坂本龍一が2007年に設立した森林保全団体です。「日本にもっと木を植えよう、日本の森を元気にしよう」という思いから生まれ、現在は国内外25カ所以上で森づくりに取り組んでいます。坂本が2023年に逝去した後、学生時代からの友人であった隈がその志を継ぎ、代表理事に就任しました。

隈は、“教授”こと坂本との不思議な縁を振り返りました。more treesが最初に協定を結んだのは、高知県梼原町(ゆすはらちょう)。実はそこは、隈自身が「木の建築」に目覚め、最初に木造建築を手がけた場所でもありました。

「梼原が面白いよと僕は教授に一度も言ったことがないのに、なぜか教授は自分の勘で梼原の森にたどり着いた。梼原の人から『教授が来ました』と聞いて、え?なんで教授が梼原に?と。神様のお召しとしか思えない」

2015年には、坂本からの依頼で隈がデザインを手がけたmore treesの木製プロダクト「つみき」が誕生しました。従来の積み木がレンガのように重たいブロックを積んで壁をつくるのに対し、細くて軽いⅤ字型のパーツを組んでいく「つみき」は風が抜け光が差し込む森のような形を生み出します。「つみき」に込められた「組む」という発想は、人と人、都市と森を組み合わせていく能登の復興にも重なっていきます。


2. 隈研吾と能登 ── 漆から始まった縁

隈と能登の出会いは、木の建築よりも前に「漆」を通じて始まっていました。輪島塗の職人たちとともに器のデザインに取り組み、漆塗りの6つの工程がそのまま前菜からデザートまでの食事のプロセスに対応する器のシリーズを制作。輪島塗の木地には、石川県の県木であるアテ(能登ヒバ)が古くから使われており、漆の仕事を通じて隈と能登の木とのつながりが生まれていきました。

輪島の朝市にも足を運び、地元の人々と交流を重ねてきた隈。だからこそ2024年1月の能登半島地震後の光景に衝撃を受けます。

「日本で一番魅力的な市場と言ってもいい朝市が、あんな姿になってしまって」

現在、隈は輪島市の復興まちづくり計画アドバイザーも務めています。しかし被害はあまりにも甚大で、林道もズタズタのまま木を切り出せない状態が続いています。製材所も震災前の3分の1しか残っていません。

「そういう状態の中で、今日このイベントが開かれている。アテの魅力をぜひ皆さんに知っていただきたい」

復興への切実な思いが滲む隈の言葉でした。

 

3. 被災の現場から ―亀井組合長が語る能登の森のいま

続いて登壇したのは、輪島生まれ、輪島在住の能登森林組合長 亀井順一郎さん。森林組合の現場から見た震災の実態を語りました。

2024年1月の能登半島地震では、山間部でも大規模な土砂崩れが発生しました。森林組合の職員たちはチェーンソーを手に、倒れた木を切り、自衛隊が入れるよう道を開ける作業にあたりました。しかし、土砂まみれの木を切る作業はチェーンソーの刃がすぐにこぼれるほどの過酷さ。作業にあたる職員自身も被災者であり、自宅を失い、水も出ない避難所から、生乾きのシャツを着てまた翌日の現場に向かうという日々が続きます。

地元の製材所や組合の加工場も壊滅的な被害を受けました。さらに同年9月の能登豪雨では1日で500ミリの雨が降り、林道が川のように水に流され、アスファルトの下の土ごと崩壊。山から木を切り出す道が断たれたままの状態が続いています。

「昔のことを言っていてもダメなので、前を向いていきたい。僕らに残ったものは何かと考えたとき、それは木材です」

震災前に100名いた組合の職員は、現在約70名に。石川県全体でも林業従事者は目標900名に対して約400名という深刻な担い手不足に直面しています。

「関係人口を増やしていくことが全ての一丁目一番地。直接山に入って仕事をしてもらえるのが一番嬉しいけど、それだけではなくて、能登に関心を持って関わってくださる人を増やしたい」

2025年末まで行われた約4万棟の公費解体が終わり、これからいよいよ本格的に建築をしていくフェーズに入ります。「震災前よりもっと良くなることを目指す」それが能登の創造的復興のビジョンだと、亀井組合長は力を込めました。

 

4. アテの木と能登の暮らし ―林業遺産が育む文化

「アテ」はヒノキ科アスナロ属の常緑針葉樹で、能登地方に古くから伝わる呼び名です。立木の状態を「アテ」、製材されて板になった状態を「能登ヒバ」と呼びます。石川の方言に由来する名前で、青森ヒバの苗を各地に植えたところ能登でしっかり育ち「当たった」ことから「木」偏に「当たる」と書いて「档(アテ)」と呼ばれるようになったといいます。

ATE-NET(未曾有の災害を経た能登半島の森林・林業・木材産業の現状や、奥能登地域の復興を願うキーパーソンの想い、アテ林業・能登ヒバの歴史・文化的な特徴などを発信するポータルサイト)より

亀井組合長は、アテが能登の人々の暮らしに深く根差してきた歴史を紹介しました。アテは耐陰性が強く光の少ない場所でも育つ性質を持ち、大径木から小径木までが同じ場所で育つ「複層林」をつくることができます。能登地方の小規模な農家は、稲刈りや田植えの合間にアテを手入れし伐採するという農林一体の暮らしを営んできました。小面積でも収穫と再造林、手入れが同時にできるこの独自の経営スタイルは、2023年に「能登のアテ林業」として林業遺産に認定されています。

能登はお祭りの盛んな地域でもあり、夏祭りの「キリコ」と呼ばれる奉燈の柱や担ぎ棒には必ずアテが使われます。また、輪島塗の重箱やお盆、曲げわっぱ、そして箸の木地にも。能登の人々にとってアテは、暮らしの中でごく自然に、当たり前に使われてきた木なのです。

▲ATE-NETより

▲ATE-NETより

5. 能登ヒバを使ったプロダクト ―多面的特性を活かして

石川県木材産業振興協会理事の古谷隆明さんからは、能登ヒバの特性を活かした新しいプロダクト群が紹介されました。

震災前に約2,500立方メートルあった製材流通量は約1,000立方メートルにまで落ち込んでいます。スギやヒノキのような大量消費の土俵では勝負できない。だからこそ、少量でも高品質な「ここにしかない」ものづくりで価値を高めていく。その方針のもと、震災以降、多彩なプロダクトが生まれてきました。

能登ヒバの特性は多面的です。強度を活かしたベンチや家具、ヒノキチオールの香りを活かしたバスソルトやアロマディフューザー、抗菌効果を活かした枕やシューキーパー、防虫効果を活かしたブラインドや窓枠。さらに「ATENOTE(アテノオト)」プロジェクトでは、能登ヒバを楽器材として活用し、ギターやウクレレ、バイオリン、和太鼓など約30種類の楽器がアーティストとのコラボレーションから生まれています。

 

6. 香りで木を選ぶ時代へ ―隈研吾が見る能登ヒバの可能性

プロダクト紹介を受けて、隈は能登ヒバの魅力を自身の建築哲学と重ねて語りました。

「能登ヒバを盛り上げなきゃいけないのは、復興というのがもちろん大きな理由。でもそれ以上に、木を選ぶ基準が変わってきていいんじゃないかと思っている」

隈によれば、木を選ぶ基準は時代とともに大きく変わってきました。日本の古代では「匂い」「香り」が基準でした。ヒノキやクスの香りが人の心を安らかにし、神社のありがたさを作り出していた時代。その後、強度や耐久性が重視されるようになり、室町時代からは赤白の木目が美しい杉が人気に。20世紀以降のモダニズムの時代には、均一で扱いやすい針葉樹が主流となりました。

「もう一回、木の持っている見かけじゃない部分が注目されてもいい」

隈が最初に能登ヒバに出会ったのは、建築家・吉田五十八が設計した熱海の旧岩波別邸でのこと。モダニズムの建築家であった吉田が、雨に強いという理由から門扉だけに能登ヒバを使っていたのです。その時、「ああ、そういう木があるんだ」と初めて能登ヒバの存在を知りました。

そして今、木の「香り」の価値が改めて見直されるべき時代が来ていると。話はそこから会場に展示されていたプロダクトへと移りました。

「能登ヒバの枕なんてすごいですよね。今日見てびっくりした。あんな枕で寝てみたいと思った」

昨今のホテルには香りのコンサルタントが入っていて、エントランスから入ると「ああ、◯◯ホテルの香りだな」とわかる時代。人工的な香りの演出ではなく、素材そのものが自然に香りを放つ能登ヒバがホテルの空間に入ったら、まったく違う体験になるはずだと隈は言います。香りだけでなく、安眠効果や抗菌性など多くの機能を備えている点も能登ヒバならではです。

「多機能っていうことが能登ヒバの大きな特徴。そういうものを生かしていくと復興にもつながるし、能登ヒバはもっともっと伸びていい」

 

7. 「能登・ふるさと共創の森づくり協働宣言」―more treesと能登森林組合、新たな一歩


セミナーの最後に、壇上で隈と亀井組合長が「ふるさと共創の森づくり協働宣言」を行いました。

林業の復興と能登ヒバの高付加価値化、そして能登の関係人口を増やすための森づくりに、more treesと能登森林組合が協働で取り組んでいくという宣言です。

more treesはこれまで各地で培った経験と知見を活かし、能登の復興に思いを寄せる企業や個人からのご寄付を募りながら能登での森づくりを進めてまいります。

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