【森づくりパートナーの声 ♯01】株式会社KIRecub 代表取締役 下村智也さん(高知県梼原町)

more treesの森づくりは、立場の異なるたくさんの人々の手で成り立っています。木を植え育てる人、木を活かしてものづくりをする人、地域に暮らす人、都市から森を支える人。みなさんとの協働があってこそ、“都市と森をつなぐ”森づくりは続いていきます。連載「森づくりパートナーの声」では、more trees と活動をご一緒いただいているパートナーの方々に、森づくりへの思いや今後の期待や挑戦についてお話を伺います。
―なぜ梼原町で林業に携わるようになったのか、きっかけを教えてください。
両親が梼原出身で、両親は若いころ離れてしまったんですが祖母がずっと住んでいました。小さい頃、夏休みに祖母の家に遊びにいくことがよくあって、梼原の自然がずっと心に残っていたんです。大学になっても社会人になってもつらいことがあれば梼原に戻ったりして。あるとき、別の町で林業体験ツアーがあることを知って軽い気持ちで参加してみました。アウトドアが好きだし、当時は広島で医療系の営業をしていたので、営業のネタにもなるかなと。そこで林業がめちゃくちゃ面白いと思ったんですよ。半年か1年くらい考えていたら、ちょうど梼原町で地域おこし協力隊の募集があり、原点の梼原で林業に携われるならと思い切って移住してきました。2021年のことです。
―先日、地域おこし協力隊を卒業されましたよね。
3年の任期を終えて2024年9月に卒業しました。いまは株式会社KIRecubの代表を務めています。KIRecubは、協力隊1年目の2022年に任意団体として立ち上げたのがはじまりです。当時梼原町では木を伐る人が60人ほどいたのに対して、造林や育林をやっている人はわずか2、3人。大好きな梼原の森を守りたいという思いも強く、造林・育林をメインにする団体としてスタートしました。
―都市で暮らしていると林業って具体的にどんな作業をしているのか分からないという方も多いと思うのですが、1日のスケジュールはどのような感じですか?
たとえば夏の下刈りの日は、朝3時半に起きてお弁当の準備をします。現場に着くのが5時前くらい。5時~5時半に作業をスタートして、9時くらいになったらお弁当を食べます。暑いなかでの作業はかなり体力が必要なので疲れたら小休憩をとりながら作業していますね。11時くらいになると暑くて限界がくるので作業終了。家に戻ってお風呂に入り、ごはんを食べてお昼寝。こんな時間に仕事が終わるって最高です。
―下刈りは林業のなかで一番過酷と言われますよね。やはり大変ですか?
僕、変態なんで下刈りが大好きなんですよ(笑)めっちゃ汗かいてとことんやったあとに飲むビールがうまい!肉体的にはきついんですけど精神的には全然きつくありません。昔、営業でとことん追い詰められたこともありましたが、それに比べたら楽勝、もう楽しくて楽しくて。
―苗木を植えるときはどのくらいのペースで植えていますか。
8時半から15時半くらいのあいだに500本とか植えます。休憩を1時間くらいとりながら。最初は僕も全然植えられなかったんですけど自然に体が慣れてきますね。
―more treesと出会ってから変化を感じることはありますか。
林業をやっている人はとても少ない上に、以前は林業家だけで集まって林業界を盛り上げようという閉ざされた雰囲気を感じていました。でもmore treesさんのおかげで異業種の企業ともつないでもらうことができて、それが自分たちの新しい事業のきっかけになったりもしています。そのひとつが育苗です。視察に来られる企業の方たちに育苗現場を案内するとすごく感動するんですよ。KIRecubさんともっと一緒になにかしたいというお声がけもいただいています。more treesさんがハブになってくれて、自分たちの事業の幅も広がり、森のよさをより多くの人に届けられるようになったなと思いますね。
―2024年のハイライトを挙げるとしたら?
ひとつはKIRecubを法人化したことです。最初は個人事業主でやっていくつもりだったんですけど、森や環境問題はひとりじゃなかなか立ち向かえない。自分自身、しっかりした立場に立つことで大手の企業の方とも対等に話せるようになりました。KIRecubは地域おこし協力隊卒業生の受け皿になりたいという信念もあって、卒業しても安心して働ける場所として、森や山に興味がある人なら誰でも受け入れたいと思っています。森づくりは30年、50年、さらに100年をこえて続いていくので、会社もずっと存続させていけるようにしていきたいですね。もうひとつのハイライトは苗木の初出荷です。役場近くにKIRecub苗木園をつくったのが2023年。そこで育てた苗木が大きくなって、10月に高知県の中土佐町に初出荷できたのが嬉しかったですね。苗木園にはさらにエピソードがあります。あそこは町有地なんですが、苗木園の前は土地をうまく活用するアイディアがなくて草ボーボーの空き地になっていました。でも実は僕、その土地をずっと知っていたんです。町有地になる前は3軒の家が建っていて、そのひとつが祖母の家。小さい頃からずっとそこで遊んでいました。

―まさに運命ですね。ご自身の成長を見守ってくれた思い出の地で、種から育てた苗木を出荷したときのお気持ちは?
もともと僕はどんぐりがどうやって芽を出すかも知らなかったんです。それでもみんなで一生懸命に育てて、立派に育った苗木を送り出せたのはやっぱり感動しました。苗木の種を拾ったのがうちの娘だったので、なおさら嬉しかったですね。

―これから挑戦したいことはありますか。
おかげさまで企業さんとのつながりが太くなりました。一方で、個人でも僕たちの活動を応援したいと言ってくださる方がけっこういらっしゃいます。森づくりツアーで森の現場や苗木園をご案内すると感動されて、そういう個人の方向けにもなにかできないかなと思っています。
―最後に、この瞬間があるから森づくりは楽しいということがあれば教えてください。
以前やっていた仕事だと商品を売ったらそれでおしまい、そのあと使ってもらえてもせいぜい5年くらいでした。でも森は自分が死んだあとも残ります。広葉樹だったら100年後、数百年後の後世に残せる。これは言葉では言い表せない仕事だなと木を植えるたびに思います。下刈りやそのほかの細々とした仕事でも、作業ひとつひとつに感動がありますね。
インタビュー:2025年2月